2019.08.27 UP
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り7
夏を彩る野の花を訪ねて、「みちくさ」の楽しみ再発見
長かった今年の梅雨、明けてみればあっという間の猛暑で短い夏になるのかもしれません。ところが鎌倉の夏の花は今年も開花期が例年とそれほどずれることなく、しっかりと季節を彩る役割を果たしてくれていたようです。
紫陽花の咲く頃にはとてもにぎわっていた多くの寺院も静けさを取り戻し、谷戸や尾根の木々は緑の深さ、陰の濃さを増しています。そんな夏の始めの自然の中でも、華やかで存在感抜群の花と言ったら、まずヤマユリでしょう。
神奈川県の県花としても知られるヤマユリは鎌倉でも山の林縁や草地に自生していたはずですが、現在はどこででもたくさん出会えるというほど咲いているわけではありません。もちろん花壇の花としても人気ですから、民家や寺社の庭で見かけることもありますが、できればこの時期に自然の中で出会いたいもの。球根植物で毎年同じ場所で花を見られることから、私はいくつかのお寺の庭、谷戸の山道などお気に入りスポットを巡る「みちくさ」のハイライトとして楽しんでいます。同時期には花壇の花も、草地の群生もそれぞれに目立ちますが、石垣や斜面から枝垂れ咲く風情が好きです。鎌倉では暗い「やぐら」をバックに咲く大きな白い花はとてもフォトジェニックです。
夏の谷戸の主役はユリの仲間や鮮やかな色の野草たち
ヤマユリに限らず、夏の始めの散歩ではいくつかのユリの仲間や野草との出会いが楽しみです。昔から在来種の植物を大切に育てていたり、生け花として飾ったりする寺社や民家が多い鎌倉なので、そういう庭やそこからの逸出も含めて谷戸の自然に違和感なく溶け込んで咲いています。谷戸の多湿な環境は園芸植物には厳しい夏越しになることも多く、庭では今年の長梅雨で枯れてしまった花もだいぶあったのに、もちろん土地に自生する植物は変わりなく元気です。
それぞれの谷戸の谷底を流れていた川は、いまはもう水路として整備されていたり、暗渠になっているものがほとんどですが、明月川は昔の姿に思いを馳せられる数少ないひとつ。ここでは川岸に咲くオニユリ、ヒメヒオウギズイセンの朱色が鮮やかでした。やや乾いた環境ではヤブカンゾウのオレンジ色もあちこちで目立ちます。
また、東京住まいのころは身近な野草ではなかったウバユリや、湿地に咲くキツリフネ、ミソハギの小規模な群生が見られるのもうれしい環境です。とは言え10年前に引っ越してきた当時と比べると、年々個体数が減っているようなのが気になっています。
左/ヤブカンゾウ キスゲ亜科 右/ヒメヒオウギズイセン(クロコスミア)アヤメ科
お寺の庭で懐かしい日本の花に出会う
古歌に詠まれた「秋の七草」は夏に咲き始める花も多く、特にキキョウやカワラナデシコの美しい時期は七月なので、梅雨明け前も見逃さないように東慶寺などお寺の庭をよく訪れていました。蕾の上がったオミナエシ、フジバカマも目につくようになると暦の上でも立秋を過ぎて、晩夏から初秋もすぐそこに。花を追って過ごす夏はさらに短く感じられます。
日本原産の花は植物名としてはカタカナ表記をしていますが、同時に漢字も忘れないようにしたいもの。名前の由来が見た目の特徴から来ている場合などは漢字のほうが覚えやすいこともあります。たとえばヒオウギ(檜扇)は、葉っぱの形状が扇のようだから。またつやつやした黒い種子はヌバタマ(射干玉)と呼ばれ、夜や黒の枕詞としても古来使われてきたと知れば種子の実る頃にも見てみたくなりますね。
夏には毎年必ず会いたい山野草の筆頭、レンゲショウマ(蓮華升麻)も花形がハスの花のようで、葉がサラシナショウマに似ているための命名と言われています。一属一種の日本固有の花。自生地の山にはなかなか行けないので、近くで育てているお庭があるのはとても幸運でうれしくなります。
浄智寺谷戸の茶室『宝庵』で庭を眺めて一服
北鎌倉駅から鎌倉街道を徒歩5、6分、南側の山に向かってやや上っていくと臨済宗の浄智寺があります。葛原岡ハイキングコース入口の山道が始まるまではお寺のほかに民家もあり、昔から画家、映画監督、ジャーナリストなどが住んだ落ち着いた界隈です。この谷戸の小径に、以前から気になっていた趣のある苔屋根の門がありました。意匠としては露地の内と外を分ける梅見門ですが、長らくお茶関係の催しなどがありそうな気配はありませんでした。
その門の奥に建つ茶室の由来が明らかになり、限定公開で『宝庵』(ほうあん)としての運営が始まったのが昨年の春から。浄智寺の山号金宝山にちなむ命名のリトリートスペースには、野趣ある露地庭の中に1934年竣工の二棟の茶席「夢窓庵」と「常安軒」が建ち、いまでは茶道、煎茶道のお稽古や茶会のほか坐禅、香道、和装、和菓子などの教室や体験会も開催されています。
吉野窓のある一畳台目の茅葺草庵は遺芳庵写しと言われ、数寄屋造の茶室からの眺めは大徳寺孤篷庵茶室「忘筌」を思わせます。そんな建築主、建築家の意図も知ることができる由来記は興味深いので、ホームページのリンクから、ぜひ。
気軽に『宝庵』の雰囲気を味わうには月1回開催されている「宝庵茶屋」がおすすめです。次回は9月23日(月・祝日)、抹茶と美味しい上生菓子つきで入場料込1,000円。
左/木々が多く、生垣や竹垣の続く浄智寺谷戸の小径 右/風情ある佇まいの宝庵入口
北鎌倉 宝庵(ほうあん)
通常は非公開。 不定期公開イベントの詳細や申し込みはホームページやフェイスブック参照。
(例えば月に1回予定の「宝庵茶屋」では、予約なしでも茶室でお茶と上生菓子を楽しめる)
北鎌倉 たからの庭の楽しい自然観察会「みちくさ部」へ
「北鎌倉 宝庵」を過ぎて浄智寺谷戸の最奥に位置する「たからの庭」は、鎌倉ならではの文化、アート、生活スタイルを発信するシェアアトリエハウスというコンセプトで始まって、この秋で10周年。さまざまなワークショップや講座が開催され、和菓子、精進料理、ヨガ、日本画、香り創作、星空観察、自然観察などを楽しみながら学べます。
これらが開かれている古民家は元陶芸家のアトリエだった場所。敷地内には窯の設けられた陶芸小屋や、昔使われていたとおぼしき煙突もあり、この土地の歴史が語られるホームページの「STORY」はなかなか面白い読み物になっています。
中でも創設時から毎月続く『本家・みちくさ部』は、みちくさ部長の愛称で親しまれる佐々木知幸さんが講師を務める「たからの庭の草木」を中心とした植物にとどまらない人気の自然観察会。庭の中の小さな草の花をルーペでのぞくようなマクロな視点で知識を増やしてくれるだけでなく、谷戸の地形から広がる鎌倉、三浦半島、地球の成り立ちの壮大な話まで、移動距離は短いのに中身の充実した講座です。
7月は当日咲いている花に加えて、谷戸の「蝶の道」をひらひらと優雅に飛ぶクロアゲハとモンキアゲハ、またシオカラトンボとオオシオカラトンボの見分け方など夏休みならではの話題も。親子での参加も楽しめそうですね。観察会終了後は手作りお菓子とお茶で、質問&おしゃべりタイム。この『本家・みちくさ部』から生まれたFacebookの公開グループ「みちくさ部」も植物好きには楽しいSNSのひとつです。
https://www.facebook.com/groups/249124491779559/
7月のみちくさ部から
【佐々木知幸 プロフィール】
樹木医、ランドスケーパー(造園家)、ネイチャーガイド。野生の植物を生かした庭園づくりや管理に携わるほか、様々な自然観察会を開いている。
著書「散歩で出会う みちくさ入門」(文一総合出版刊)
次回の【本家】みちくさ部は9月21日(土)13時半~16時 おやつ付2000円
http://takaranoniwa.com/program/workshop/michikusa.html
北鎌倉 たからの庭
日替わりでイベント、ワークショップなどを開催しているホール、陶芸体験のできる「たからの窯」、作品の展示・販売をしている「たからの庭ギャラリー」などで構成されるシェアアトリエハウス。各イベントの詳細と申し込みはホームページ参照。
鎌倉市山ノ内1418 電話0467(25)5742
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り1
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り2
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り3
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り4
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り5
KEIKOさんの鎌倉・谷戸から花便り6
KEIKOさん
北鎌倉に越す以前、東京時代の仕事は雑誌編集者。マンションのベランダと戸建ての庭でのガーデニング経験あり。昔はタネから育てたり、品種コレクションを頑張ったこともあるけれど、いまは気楽に自然体の庭づくりを楽しんでいる。鎌倉や旅先では寺社の庭や公園・緑地の季節の花を見たり撮影したりする散歩好き。
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