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佐渡島から 暮らしの中で野草を楽しむ  菊池はるみ

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佐渡島は新潟県沖の日本海に浮かぶ島です。植生的には寒暖両系の境界とされる北緯38度線が島の中央を通過し、およそ1700種の植物が自生します。リンゴとミカンの両方が収穫できる人口5万人の島です。私の住む佐渡赤泊地区は植物の豊富な環境で、昔の日本では珍しくない三世代同居の中で生まれ育ちました。子どものころは家の周りに咲き乱れるオオミスミソウやフクジュソウを花束にして遊び、ギンリョウソウやシュンランでおままごとをしていました。

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民家の近くで自生するオオミスミソウ

 

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フクジュソウは嫁泣かせと呼ばれる

 

そして、植物を生活の中で利用するのは当たり前でした。五穀豊穣のお祈りにタニウツギ、正月飾りや神事にはアカマツ、エゾユズリハといった具合です。ケガをした手当てにはヨモギが使われました。佐渡島のヨモギ属はハマオトコヨモギ、カワラヨモギなどが海岸に、山にはヤマヨモギ、ヒトツバヨモギなどが自生しています。

 

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アカマツは豊作を祈願する神事に使われる

 

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タニウツギは豊作を祝う花

 

食用の山菜の類は、タケノコ、ワラビ、ゼンマイ、タラノメ、ウド、おやつにはモミジイチゴ、ウスノキの実、ナツハゼ、ガマズミ、カヤの実と多様ですが、実は海産物も豊富なため、思ったより山菜利用は多くはありません。子どもの私が植物に興味を抱いて、家族に名前を質問しても「わからん」がほとんどでした。たとえ名前がわかっても、その多くは方言であり、結局、オオミスミソウやギンリョウソウが貴重な植物だという事さえ知らずに育ちました。

 

時が経ち、パティシエとして社会人となり、お菓子作りをしながら、西洋ハーブを使った洋菓子、ハーブティーを扱うようになり、西洋ハーブってなんて素敵なんだろう! こんなハーブが自生するヨーロッパってなんて素敵なんだろう! そんなただの憧ればかりを夢見て、身近な植物たちへの関心はあまり高まりませんでした。佐渡島、自然は豊かだけど、ここに咲いている植物と西洋ハーブとは何が違うのだろう? 当時は知る由もありませんでした。

 

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ノコンギク、キク科シオン属。至る所に多く自生する。佐渡に自生するシオン属はタマシロバナヨメナ、シラヤマギク・ゴマナなどがある。カントウヨメナ、ヨメナは自生しない

伊藤邦男先生の本に出会う

結婚して出産をし、子育て真っ最中のころです。人生を変えてくれた本との出会いがありました。佐渡の植物学者・故伊藤邦男先生の本です。1975年~2000年にかけて佐渡の植生調査と民俗学的なことについて研究された郷土史でした。「人は自然と連なり支え合う」を題名に、実に植物愛に満ちた郷土史でした。そこには「桑・方言 カイコの葉・お茶にする……」と書かれていたのです。数百種以上の佐渡の植物の知恵や、島に伝承する使い方がまとめられていたのです。子どもの頃によくおままごとした草花はこういう名前なんだということもわかりました。また伊藤邦男先生の本を参考にしてハーブ事典などを読むと、クワやオトギリソウが有名なハーブの仲間だと知り衝撃を受けました。佐渡の植物を本格的に勉強してみたいと思った瞬間でした。

 

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ここに書いてあることをすぐにやってみたい! と本を借りて、さっそく家で試してみました。ヨモギ、ドクダミ、ハコベを使ったお浸し、お茶などの再現はすぐにできました。ただ、ワクワクして興奮している私とは対照的に、家族の反応はいまいちでしたけど(笑)。そうか、きっと青くさいんだ。じゃあ次はスイーツに入れてみようとパティシエだった経験を生かして作ってみたところ好評でした。野草は、乳製品や油脂と合わせるととても食べやすくなることを発見しました。

 

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ヨモギノシフォンケーキ

 

 

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ナヨクサフジのレアチーズケーキ

 

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オオバクロモジのガトウショコラ

 

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郷土料理のススキの団子タイヨウゴロウ

 

その後、子育ても落ち着いて、伊藤邦男先生の本をたどった再現が出来る時間も増えましたが、問題もありました。オーソドックスな種類以外の植物の同定が全然できないのです。そこで勇気を出して、さまざまな人に聞いて学びました。中には珍しい山野草もありト、レッキングガイドの方と山に登りました。実体験も聞きたかったので、老人ホームでアルバイトしながら島の老人に聞き込んだりもしました。「ロウボウ(リョウブ)は、米より食べた」「イボナ(ハナイカダ)と打ち豆の味噌汁は最高だった」等々、体験談には重みがありました。よく食べられていた野の植物は総称して「糧葉(かてば)」といいます。自分が食べてみて一番おいしいと思う糧葉はハナイカダの味噌汁でした。味はホウレンソウのようで、食感はワカメのようでとても食べやすいものです。じめじめした杉林が多い佐渡ではハナイカダの自生も多く、背の高さの低木のため採取もしやすいのです。あく抜きなどの下処理もいらないのでおすすめです。

 

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ハナイカダはクセもなく食べやすい

 

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佐渡の伝統芸能「鬼太鼓」に飾る笹は、水に困らないようにとの願いを届けてくれる

 

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トビシマカンゾウ、ユリ科ワスレグサ属。開花は5月。花は食べるとレタスの味。漁を知らせる花であった。自生するワスレグサ属は佐渡にはトビシマカンゾウとヤブカンゾウのみ。ノカンゾウ、ハマカンゾウは自生しない

 

伊藤邦男先生の本を勉強していくうちに、身近な植物があってこそ、私たちがこうして豊かに生きていられるんだ、ということを実感し、自然への感謝の思いが強くなりました。ただ、現実をみれば、これらの知恵の伝承が風前の灯であることに強い危機感を持ちました。私たちは進化した社会の中で、もしかして大切なものを失おうとしているのではないかと、その想いは日に日に増していきました。例えば、食すと命に係わるドクウツギ、ヤマトリカブトがあります。ドクウツギで多くの子どもが亡くなっていたのもそんなに昔ではありません。でも、ドクウツギ狩りをしなくなった今は、民家近くに自生していることもあり、ヤマトリカブトも民家近くにたくさん群生している場所もあります。危険が昔より身近にあるのかもしれません。そのためにも伝承を知ること、伝えることが必要なのかもしれません。

 

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方言でイチロベゴロシと呼ばれるドクウツギ

 

 

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江戸幕府に出荷されていたヤマトリカブト

 

佐渡島は珍しい山野草も多く、島外からその花を見に来る観光客も大勢います。それはとても素晴らしいことで、島にいる私でさえ、季節になると山で出会う美しい姿に見とれてしまうこともあります。でも暮らしの中で共生してきた植物は、そういった鑑賞的に価値の高い植物たちではありません。むしろ、身近に生える野草たちで、花も派手なものは少なく地味なものが多いです。そのことを、以前の私も知らなかったように、今は伝えてくれる人もほんのわずかになってしまいました。

 

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サドアザミ、キク科アザミ属。花期は9月。佐渡にしか分布しない種で、ナンブアザミを母種とする特産変種。葉は羽状中裂。長さ1~2㍉の多くの刺を持つのが特徴。佐渡のアザミ属はノアザミ、ノハラアザミ、ナンブアザミが自生する

 

 

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コハマナス、バラ科バラ属。ノイバラとハマナスの雑種。花期は5月。花はハマナスより小さく淡いピンクの5弁花

 

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オオイワカガミ、イワウメ科イワカガミ属。イワカガミの変種とされるが、葉の大きさは連続的で中間形で区別は難しい。佐渡はほとんどがオオイワカガミ。イワカガミは限られた高山立地にのみ分布する

 

 

ハーブ王子との出会い

学んだことを伝えていかなくてはと強く思いはじめたころ、ワークショップのチャンスを頂きました。ワークショップでは、まず先人の智恵や伝承をわかりやすく伝えるとともに、身近な植物を親しんで欲しいとの想いから、とにかくわかりやすさと楽しさを心がけて企画しました。すでに3人の子どもを育てている母親でもあったので、自分の押し付けだけでは話を聞いてもらえないことを十分に学んでいましたので(笑)。1度ワークショップをはじめると次の世代へ私が学んだ先人の知恵や伝承を伝えられることが楽しくて、たちまち没頭してしまいました。

 

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野草を使ったジェルキャンドル

 

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ヘクソカズラとガマズミのクリーム

 

ある日、全国で活躍している野草研究家・ハーブ王子こと山下智道さんからワークショップのコラボのオファーを頂きました。驚きでした。離島のしかも小さな地区で活動をしているだけの私と、全国的に活躍している方とのコラボですから、いったいどうなるのだろうとの思いで、その日を迎えました。

「わー、佐渡のクロモジは葉っぱが大きい!オオバクロモジですね。贅沢。香りが強いですね」

「このギシギシはナガバギシギシですね。炒めると美味しいんですよ」

 ハーブ王子が次々と説明をしてくれます。身近な野草の同定がすぐにでき、実際に料理のできるノウハウを持つ人に初めて出会いました。説明もわかりやすく、丁寧でしかもイケメン(笑)。参加者全員が野草を使ってみようと思えるきっかけを作ってくれました。コラボをすることで、私自身がやっていることに自信を持てるきっかけにもなりました。それがきっかけで、いろいろな情報が入ってくるようになりました。王子に感謝と同時に、王子を見ていて、私の大切な師、伊藤邦男先生の姿が心の中で重なりました。生前一度もお会いすることは出来なかったけれど、きっと同じような事が出来た方だったのだと思います。

 

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ハーブ王子、山下智道さんとの出会い

 

それから、地元のお年寄りから講演の依頼がありました。えっ、私が? 逆に教えて頂く立場ではないのかしら、と少し不安ではありましたが、一生懸命勉強した方言と写真で、SNSで知った島外のエピソードなどを交えて、佐渡の植物の知恵や伝承をお話すると、はじめは静かでしたがそのうちに「懐かしい、そういえば婆さんが料理してくれた」「これはこういう効果があるのか」「モンジャは毎日使ったもんだ。クロモジっていうのか!」など、昔の呼び名が飛び交い大盛り上がりでした。まだこんなに知ってる方がおられたんだ、野草をとても愛しているじゃないか!と、希望が見えた瞬間でした。

 

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私が、暮らしの中で生かす植物たちを軸に据えて、身近な野草を生かして、さまざまな取り組みをしているのも、佐渡の豊かな自然に恵まれていること、それを私なりの形で次世代に伝えていきたいという思いからです。先日ある人に「佐渡島に菊池はるみさんがいることが重要なんだ。SNSの時代、離島にいるのはハンデなんかではなく、メリットだから」と言われ、納得しました。これからも子育てをしながら、暮らしの中で佐渡と植物を伝えていきたいと思います。それが今の私の夢です。

 

 

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菊池はるみ 

佐渡野草研究家。昭和55年佐渡島生まれ。佐渡野草研究家。高校卒業後新潟市で製菓専門学校を卒業、パティシエとして働く。結婚で佐渡島へ帰島。3人の子どもを育てる母親でもある。暮らしの中で楽しむ野草、佐渡島から全国へ発信している。

写真提供/伊藤善行

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佐渡島は新潟県沖の日本海に浮かぶ島です。植生的には寒暖両系の境界とされる北緯38度線が島の中央を通過し、およそ1700種の植物が自生します。リ...

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